DIARY

パラダイス銀河

#019

音楽が耳障りで仕方がないけれど、体に力が入らないのは僕だけじゃないらしく誰も止めようとしない。流れるように過ぎていく街の景色が時間に追いつかず、抽象へと引きずられていくのを窓にもたれ掛かりながら眺めている。僕は夢を見ているのだ。

 

 

ブルックリンブリッジを歩いて渡る。川の向こうに浮かぶ摩天楼を見るたびに僕が存在していること、人間がどういうものなのかわからなくなって、それはなぜだか宇宙の大きさとかにまで繋がってしまって、行き場を失った疑問符を連れたまま僕は、雑踏の中に呑み込まれる。

雨だってお構い無しに、傘もささずに待ち合わせの場所へ向かう。メトロに向かう途中、地元紙を2ドルで買う。店主のタバコの銘柄が土曜日だけ違うのはなぜなのかずっと気になっているのだけれど、ずっと聞けずにいる。相変わらず無愛想だ。通りの角からマリファナとインド料理の匂いが混ざってやってくるいつもの交差点。僕は人を待っている。雨を吸った新聞紙が少し重い。

 

ごった返す人混みの中から急に現れたその人は、髪をバッサリ切っていた。前会ったのは半年も前なのだ。人はすぐに変わってしまう。例えば過去を振り返る時、そこにある文脈や細かい表情までは思い出さない。断片的なシーンを今の僕が好き勝手に取り出しては、色付きのプロジェクターで流すのだ。

チャイナタウンにあるミルクバーなるものに誘われて、僕たちはそこで1時間ほど話した。フライトまではまだ少し時間があるらしい。彼女はこれから、ずっと遠いところに行く。これが一生で最後の会話かもしれないのに、隣の客がフライドポテトにケチャップをかけすぎていることとか、この前見つけた調味料店のピンクソルトがバーゲンで安くなっていたこととか、どうでもいいことばかりを話していた。お互い話の着地点を探しているのだ。さよならを切り出すのは僕からでいい。恋心とかそういうものではなくて、ただ、その人間のまとう空気感というものはいつのまにか僕の生活にも侵食している。それはその人と会うたびに上塗りされて一定なのだけれど、彼女が持つ雰囲気も、これからはどんどん薄くなって、最後にはほとんどわからないほどになってしまう。僕の中にいる誰かとの記憶は、僕自身の写し鏡にしかなれず、裏切りのないつまらないシーンだけが積み重なっていく。

JFK空港まで送った帰り道、やんでいた雨がまた振り始める。今頃傘を持ってきていないことを後悔した。ビルの隙間から見える曇り空は動いていない。僕は一人になった。いつも通り。生活が僕の理由で、関わりは僕の人生となって行く。共有された瞬間だけ、記憶の中で彩りを保っている。