DIARY

パラダイス銀河

#028

目の前のコップが目の前のコップであることにおいて混乱しないことと同じようには、僕の生活が僕の生活であるということで爽やかな一致感はやってこない。言語が正しく物事を記述しうる道具かを言葉によって議論することから一切の納得がやってこないように、抽象的な納得感と大きな気持ち以外が僕を満たすことはない。仮にも、満たすことはない。感情が揺れるたびに、むき出しの生について考える。僕を通さない生活、そんなものはないのに、考える。感情、見え方の向こうに純粋なそれが横たわっているように思うのは僕の妄想で、快楽の可能性がたちまち僕を通り抜けて、幻想は消えていく。

どう見るかどう見えるかだけがそこにはあるのに、それが何であるかを考えようとしている。それが何かを正しく考えるすべを僕は持ってないし、これからも持つことはない。あらゆる解釈と感情が欺瞞というならば、欺瞞を欺瞞たらしめる何物もありえないのではと思うけれど、傾向に落ちていく自分に辟易してすぐにやめる。

 

鍋を食べた。美味しい。これは気持ちがいいということ。それから街で酒を飲んだ。焼酎とか日本酒とかって、美味しく感じるものです?それよりお通しで出てきたコンニャクが美味しかった。なんとなく楽しくなっているうちに、眠っている。焦点があわずにぼやけたままのネオンと、香水の匂い。通りには音楽がこぼれる。

お腹のあたりが暑くて目がさめる。知っている女の人が隣で寝ている。首筋に顔が触れていて、吐息がかかる。僕の体に覆いかぶさる体から熱が伝わってくる。僕は背中に少し汗をかいている。こういう時にいつも考えることは、壁の模様とか、哲学者のみんなは女の人を抱く時とかも感情の構造やら意味やら不可能性やらを考えてるのかななんてことなんだけど、いまは何も考えられない。酩酊の醍醐味を思う。

 

様々な種類の感情が体の中をその都度巡って、街を彩る広告塔さながら、僕の人生をカラフルにしている。日常のあらゆるシーンの中で、生きることそのものの輪郭が浮かび上がってくるように、僕に重さがあることがとてつもなく不思議に思えることがある。何かがあるということがどこまでも不可解なまま、僕は感情に飲み込まれることを受け入れている。

 

メガネが食い込んで痛い。タバコがポケットに入っているけれど取り出せない。境界線がじわじわと薄れていく。細い腕が僕の背中に届いている。髪が顔にかかってくすぐったいし、シャンプーの匂いが甘くて変な感じがする。学者たちの観念的な絶望も不条理の幻想も、ずっと遠い国で始まる紛争くらいどうでもよくなって、一人の体だけが僕の全てを満たしていくようで、死ぬなら今しかないけれど、死なないなら今しかないとも思う。体の左半分から眠りに落ちるように、視界もゆっくりとフェードアウトしていく。