DIARY

パラダイス銀河

#023

ロサンゼルスの空港はいつも混む。朝からだらだらしてしまって、ぎりぎりに家をでた。毎度同じ。僕は何をするにも初動が異常に遅い。生活に対する能動性が弱いのは、なんとなく今まで繋がっている習慣がよくないからだと思う。

国際線乗り場まで距離があるから少し急いで向かう。サクラメント空港から日本までの直通便はあったのだけれど、ギリギリのタイミングで予約したので値段が思ったより跳ねていた。バンクーバー経由で成田着。搭乗手続きはとっくに始まっていた。

 機内食はトナカイのソーセージと相変わらずのビーンズ。それから硬いプリン。飲み物のカートを引き連れたお姉さんが笑顔でやってくる度にトマトジュースを頼んでいると隣の人に、ウォッカとレモンを混ぜればブラッディメアリーなるカクテルが作れると教わって、飲んでみると美味しい。着陸2時間前だけれど少し酔った。

 

 

朝の東京。三ツ矢サイダーの空き缶が足元に転がっている。

ホームで横たわるサラリーマン、叫びながらおぼつかない足で通りを歩く女。じっとして動かないボサボサの髪の男。てきぱきと動くコンビニ店員。数時間前まで深夜の公園で虫を集める街灯さながら人間をかき集めていただろう色とりどりのネオンたちも、今では濁った透明に甘んじている。

出勤時間になると、駅は喧騒に飲まれて再び活気が戻る。それでも今は鳥のさえずりなんかが聞こえている。空は晴れてもいないけれど、曇ってもいない。1:5くらいの割合で青と白を混ぜたアクリル絵の具みたいに薄い。はっきりしない光が街に落ちている。ガードレールに足をかけて、解けた靴紐を結ぶ。

 

テクノロジーは無機質だろうか。電脳もあらかじめ装置に組み込まれた人間の意図の末端である限り、そこから人間性は臭ってくる。極彩色に輝くネオンと、塊でやってくる音は、全て人間が出している。僕は個人ではなくなり、あらゆる独立は虚しくなって、それぞれにとっての生活は拡大鏡で街に投影される。広告塔からこちらに向けられている微笑みと、目の前をすぎていく無数の表情。街路樹はプログラムされた通りに葉を揺らしている。

 

都市の多様性が人間の欲を細かく砕いて小さくし、その一つ一つを丁寧に満たしている。僕たちはもはやダーウィンが知っているのと同じ人間ではない。

自動化されていく都市にすんでいる。夜の2時でもまだまだ賑やかで、これから何をすることだってできる。自分の欲を外出前に整理して小分けにしてリュックに詰めて、それぞれを満たしてくれる場所をインターネットで検索して、マップを出して向かう。1日は終わる。自動的に用意されたグリーンカレー。耳からは音楽が流れてきて、ディスプレイには小さな世界がいくつも待ち構えている。僕はこの時代に生きる。

 

古い自動販売機でビタミン飲料を買った。それからパン屋でタマゴサンドを買う。古本屋で本を漁る。おばちゃんがやってる小さなタバコ屋でラッキーストライクを買う。いつもの喫茶店で友達と話す。

死後の世界なんてあって欲しくもないけれど、この現実よりも豊かなものがどこかで待ってるなんて思えない。慣れ親しんだ物質の広がりだけが、衝突を繰り返す小さな欲を埋めていく。