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DIARY

パラダイス銀河

#007

暖かい日。何回か上着を脱いだ。

 

6時過ぎに帰宅。キャンパスを歩いているとなんとなく夏っぽい匂いがした。まだ3月だぞ。

小さい頃は週末よく家族でどこかへ遊びに行って、晩御飯も外で食べて、帰りに温泉によったりしていた。帰り道、車の窓を開けると夜の匂いがする。どこも変わらない。両親は元気なのだろうか。全然会ってない。元気でいてほしい。この1年は忙しい。多分今年も日本には帰れない。

 

「生活に忙殺されているうちに人生は過ぎ去っていく。人生が短いのではなくて我々が人生を短くしている。」みたいなことをいつかのギリシャ人は言っている。

当たり前だ。わざわざ言われなくてもみんなわかっている。無駄な時間と言うのはなんだ。酒を飲んでいるとき?インターネット?そんなものはない。

人生は使い方を知れば長い。だが世の中には飽くことを知らない貧欲に捕われている者もいれば、無駄な苦労をしながら厄介な骨折り仕事に捕われている者もある。酒びたりになっている者もあれば、怠けぼけしている者もある。他人の意見に絶えず左右される野心に引きずられて、疲れ果てている者もあれば、商売でしゃにむに儲けたい一心から、国という国、海という海の至るところを利欲の夢に駆り立てられている者もある。絶えず他人に危険を加えることに没頭するか、あるいは自分に危険の加えられることを心配しながら戦争熱に浮かされている者もある。また有難いとも思われずに高位の者におもねって、自ら屈従に甘んじながら身をすり減らしている者もある。多くの者たちは他人の運命のために努力するか、あるいは自分の運命を嘆くかに関心をもっている。また大多数の者たちは確乎とした目的を追求することもなく、気まぐれで移り気で飽きっぽく軽率に次から次へと新しい計画に飛び込んでいく。(セネカ・生の短さについて)

 人生を浪費することなんてできない。あらかじめ意味の与えられていないこの人生に、無駄な時間も有意義な時間もない。部屋で一人テレビゲームをしていても、火災現場で救助活動を行っても、気に入らない奴の額に銃口を突きつけていても、それらの時間に優劣はない。人生のあるタイミングで過去を評価する時、その時点での自分の目的に沿っている過去の時間の使われ方だけが意味あるものに見えるかもしれないけど、どうだ。単に恣意的なもの。

 

ずっと前から知っている。今更なんだという感じ。どれだけ楽しくても、どれだけ悲しくても、何もわからずに踊っていることに変わりはない。

もっとなんでもない出来事とかを書くべきなんだろうな。でもなんだろう。周りの出来事のことなんてろくに考えていない。姿勢が良い女性が素敵、白人はちょっと喋りすぎ、とかは今日少し思った。これからお湯を沸かしてコーヒーを飲む。

広い部屋と良い車が欲しい。すっきりしたキッチンと、それからチェットベイカーのレコードも欲しい。すっきりした自転車、すっきりした服、すっきりした靴、すっきりしたメガネ、すっきりした髪型、すっきりしたタオル、すっきりした生活。

 

んー。たしかに人生はなんとなく過ぎていっている。