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DIARY

パラダイス銀河

#006

のっぺりした一日。

あまり好きじゃない。違和感。生活がどこまでも続くような感じ。僕達はこの姿のまま永遠に生き続ける。日常は続いて、社会がそこにはあって、ゆるい倦怠感が流れ続ける。死が近付いたり遠のいたりする。近付いてくると、大事だったものは全部どうでもよくなる。無意味さも、虚しさも、快楽も。数式のこと、誰かの詩、全部忘れる。

多分死ぬ瞬間は、その日の朝食べたパンの事とかを考えるだろうな。聞いていた音楽。生活は輝いている。僕はその一部となって、感情に世話を焼かれながら暇を潰す。

僕はいつ死ぬのだろうか。どういった場所で、どういう状況で。今この瞬間も、僕らはじっくりと死ぬタイミングを作り出している。死因はなんだろうか。変な気持ち。いつまでも続くように思えるこの毎日の先に、その瞬間は必ず存在する。僕はそれを生活の、日常の一部として理解するだろうか。僕にとっての現実は、太陽の光だとか、笑った顔だとか、ドレッシングの匂いだとか、缶ジュースの冷たさだとか。死は現実的ではない。ビルの屋上で逆立ちでもしてみるか。生活を作るありとあらゆるものが死ぬことを忘れさせる。移動、楽器、食欲。

 

曇りの日はやっぱりだめ。どうしようもない感じ。例えば飛行機が墜落して生き残っても、死体の向こうに広がるのは、残骸の中から見えるのは、それは慣れ親しんだ感覚。日常が在るという感じ。生活が目の前に広がっている。時間が、空間が、色彩がある。次の朝、その次、毎日が横たわる。

 

死ぬことを忘れてしまいそうになる。

 

映画館を出た後の日差し、喫茶店がある路地裏の匂い。歩く。コンビニから聞こえてくる音楽。電車。流れる景色。液晶画面を見つめる人たち。僕はなぜ生きている。両手が重たくなってくる。足が動かなくなってくる。目の前の景色、立体感がない。なぜ何かが在るのか。

気持ちが爽やかに揺れ動く。新しい環境。恋人。就職活動。親しい人間の死。振り回されて、踊っているのは楽しい。全部忘れて、ゲームに乗っかる。感情を見つめたりしてはいけない。没頭しないと。広がる宇宙のことも忘れよう。どれだけ大きいかなんて僕は知らない。 

 

深刻さを演じられる人、という話をした。どうでもいいこと。

男女問わず、容姿が整った人間の深刻さ以外は深刻に映らないか、もしくは表情からは汲み取りにくいということ。男性だったら背丈があって、痩せ型と言うのも要素だなと思った。ロシア文学の悲劇的主人公はいつだって美形だ。

 

さて、明日はたくさんの人の前で発表しないといけない。ちょっとだけ緊張する。人前で話すときは、ゆっくり、大きく、トーンは抑えめに。。おやすみなさい