DIARY

パラダイス銀河

#058

自殺の森で生まれた老人。曇った目をしている。

コメント欄に、イタリアより愛を込めてと書いてあった。

 

自殺の名所なるところで未だに自殺する人がいるのは、やはり寂しさからではないか。生者の僕たちは不気味に思うけれど、自殺をこれからしようとする人にとっては同士と思えるのかもしれない。吸い寄せられる。死ぬ時も孤独を恐れる。

高いビルから飛び降りる。10階からとびおりたら、人が死んだというのがリアルに伝わる。しかし200階から飛び降りたら体は木っ端微塵になって、まさに消滅したように見える。そこには僕たちのイメージとは違う死がある。死体。動かない体を見るから、空っぽな肉体を見るから、そこに死を感じる。僕たちにとって死は、何かから何かが抜けて初めて捉えることができる。目の前の肉体から何かが消えた。その機能、生命、生。それらそのものを捉えることはできないけれど、そこにそれらがないこと。生の輪郭が、死の中にある。動かない体から、生の内容を想う。

 

木漏れ日が落ちている。鬱蒼とした木々が空を覆っている。冷たいのに暖かい。暖かいのに冷たい。好きな音楽の一番好きなフレーズを頭で繰り返している。

#057

ドラッグはやらない。でもやっている人をたくさん見る。

みんな生きるのが辛い。当たりまえのように辛い。みんな辛い。だからみんな頑張らなくてもいい。幸せなことは味わおうと思った瞬間には消えている。臓器に絡みつくような苦しみだけが後に残る。恍惚な表情、叫んだりしている。狂ったように黙々とメシを食う。苦しんでいる。またすぐに生活がやってくる。朝の白い日差しが部屋に差し込むと、どこか暗いところへ逃げてしまいたくなる。始まりを知らせる光が部屋をあばきだす。だらしない夜を、淫らな夜を、一番正直な夜を僕たちから剥ぎ取っていく。何も楽しくない。何も満たされない。何も理解できない。それでも鮮やかな景色。それでも聞こえてくる音楽。それでも踊り出す体。

人生はどこにある。

#056

すごい大きさでイヤホンから音楽が流れているのに、聞こえてこないのは他のことを考えていたから。いいや、コンピューターの角を見つめたまま何も考えていない。

僕は、根本的な部分で何もしないこと、ただ絶望して朽ち果てていくことだけが正しい、その受け皿に甘んじている。僕が何もしないのは、何かみんなが知らないことに気付いているからなのだと。そう言うのが一番苦手なのに多分、どこかでそれを後ろ盾にしている気がする。気がするのだから多分そうなのだ。

僕の怠惰は正しくないのか。何もしないことは罪なのだろうか。何もせずにいられるから何もしないのだけれど、空っぽなのだ。反応が集合している。しかし外に出れば僕を惹きつける現実の立体感がある。

傲慢だし憤怒はそんなにしないけれど嫉妬は多少するしどこまでも怠惰だし強欲なのは言うまでもないし暴食とはいかないまでもたくさん食べるし色欲は抱えきれないほどあると思う。

堕落していく。大罪を犯す。そんなことはない。僕は何も変わらない。罪もクソもあってたまるか。僕は何もやりたくない欲を満たし続ける、一番単純な欲を埋め続けることで死までの時間をつなぐ。快楽で人生のことなど忘れてしまうのだ。よく考えれば後も先もない。いつだってこの瞬間だけがあって、ここで生まれてここで死ぬ。今にずっと溺れてさえいれば余計なことは考えずに消えていける。

#055

マイアミに行った友達が悪魔にあったと言う。大丈夫何もかもうまくいくと繰り返し諭されたらしい。

軽快な足取りで坂を下りていく。雨が止んで、真っ赤な傘は差さずに済んだ。誕生日にいつも行くケーキ屋さんが開店の準備をしている。トランペットのメロディーラインが中から聞こえてくる。体が軽くなっていく。いい匂いのするこの坂道を降りる。

暗い洞窟のような部屋に住んでいた。点滅を繰り返す大小のディスプレイが部屋に散らばっている。床には新聞紙と埃をかぶった重たい本。タバコの吸殻、ダイエットコーラの空き缶、古い科学雑誌、安いコンドーム。机の上には化粧水とラップトップだけが置いてある。窓がない、とてもくらい。とてもくらい。ここで何も始まらないまま全てが過ぎ去って、何もかもが終わる。何も始まらないまま何もかもが終わっていく。何もかもが過ぎ去っていく音を聞きながらベットで横になっている。キラキラしたいい匂いの人生が遠いところで終わっていく。

 

 

#054

かっこいい出だしの言葉を昨日の夜思いついていた気がするのに全然思い出せない。

今の状況やら考えていることをだいたい一括りにしてくれるしてるような簡潔なセンテンスは、現状をさくさくっと整理して、僕を次の段階へ優しく流してくれたりする。

アジアンカンフージェネレーションっぽい音楽を聴きながら読んで欲しい感じの文章を書こうとしていたのだけれど、どうだろう。さっぱり思い浮かばない。記憶を遡ると、それぞれのシーンそのものよりも、その時間一緒にいた人間を思い出すことが多い。その人物を分岐点に過去が少しずつ解けていく。

現実を雰囲気に任せて具体的なことを何もしない。具体的に動けばもっと具体的になる。具体的な現実はとことん現実なので、雰囲気がない。雰囲気がない生活は町から雰囲気を奪うし、午後4時の日差しとかも全然雰囲気がなくなる。具体的に忙しくなってくる。具体的に生活している。なんとなく気持ちよくはなれない。具体的に気持ちよくなるしかない、そんな風になる。

具体的なイメージが生活の四方を囲む。具体的な僕の体は具体的に死に向かう。死ぬと具体的な物質名に分解されて、僕は具体的な世界の具体的な一部分になる。

具体的な由縁を失って彷徨って、僕は今日も今日を垂れ流す。

 

 

 

 

 

#053

難しいことはない。生きてみる。顔を洗う。メガネが曇る。

ブラインダーを引っ張り上げると昼の真っ白い日差しが部屋に差し込む。パジャマのままコーヒーを淹れる。袖にちょっとつく。洗濯しないと。ソファーに座るけど冷たかったので立って飲む。貰い物の観葉植物に水をやる。でっかい。キウイを2つ食べた。シャワーを浴びて歯を磨いて、タバコを吸って、歯を磨いた。シャツを袖を通して、ズボンを履いて、ジャケットを羽織る。車の鍵を持って、水と、ボロボロのiphone5cと財布、イヤホンタバコ。重たいドアを開けて部屋を出る。エレベーターのボタンをペットボトルで間接的におす。扉を一、二、三回も開ける。まっぶしい。風も強い。タバコに火がつかない。諦める。坂を下る。シャツが風に揺れる。

#052

マリリンモンローのほくろとちょうど同じ位置にニキビができたけど一つも嬉しくない。僕は男だ。チャーミングもへったくれもない。生活リズムが逆転し始めたので色々考え始めることができるかもしれないと少しだけ期待している。

冷蔵庫の中身が空っぽになっている。1ガロン1ドルの水ももう底をつく。

嫌われない別れ方を勉強しないといけないと思った。女性のビンタは意外と痛い。けっこう後からくる。いろんな意味で。

フィルムを切った貼ったしているうちに日が暮れてくる。楽器を弾いたりタバコを吸ったりして時間を潰した。現像室に半日もいると瞳孔は開きっぱなしになる。過去にシャッターを押した瞬間が浮き上がってくるけれど、その時僕は何を思ってファインダーをのぞいたのか、僕は何か意味をそこに見出したのか、とにかく感情に起伏をもたらした瞬間だったのだろうけど、思い出せない。恣意的だったメッセージは時間とともに消えて、結局思い出せないないままになる。それでも得体の知れないモヤモヤを感じるものだけ現像する。僕の中で気持ちのいい比率、組み合わせ、動き、それを集めたり再現することが芸術活動ならば僕のしたいことは芸術ではないと思う。